Annieの歴代一押しNo.128

2004年11月28日の投稿
Annieの
今週のイチ押し
File No.128

もののけ姫
の ちょっと気になるこのシーン


 2004年11/19にTVでやってた「もののけ姫」。劇場には見に行かず(「烈豪WGP」とか「EVA」には行きましたが)、TVで見たのが2回目。そこで見つけたこのシーンについて調べてみました。

 「もののけ姫」の舞台は、日本の室町時代をベースとしたファンタジーの世界。そこに出てくるのが、自ら 「私も呪われた身ゆえ・・・」 と言うハンセン病患者らしき人々。なんなんだろう?何が言いたくて監督はこのシーンを映画の中に入れたんだろう?いろいろ調べてみると、宮崎 駿 監督が映画制作に行き詰ったとき、ハンセン病療養所「多磨全生園(たまぜんしょうえん・東京都東村山市)」の中を散歩したらしいです。
 日本では昔、ハンセン病は癩(らい)病と呼ばれ、患者は奥座敷や離れで隠れるように暮らしたり、寺社で物乞いをする放浪の旅に出たりしていました。「もののけ姫」でも、患者らしき人々は、人々が怖くて近寄らない、タタラ場のいちばん奥のエボシ様の庭で暮らしています。当時は原因不明の病気で、前世でのたたりとも考えられ、「業病」とも「天刑病」呼ばれていたようです。明治時代になり、文明国の仲間入りをしようとする日本にとって放浪癩(らい)は「国恥」と考えられるようになり、1907(明治40)年、「癩(らい)予防ニ関スル件」が制定され、隔離政策が始められました。宮崎監督が散歩した全生園(開設当時は全生病院)は1909(明治42)年に設立されました。その後、各地で患者を探し出しては強制的に療養所に送り込むことが行われるようになりました。全生園に入ると、多くの入所者は家族への差別をおそれて偽名を名乗らざるをえませんでした。また、脱走しないようにと同じ縞柄の服を着させられ、お金を取り上げられ、園内だけで使える金券を持たされました。「療養所」とは名ばかりで、患者たちを閉じ込めて、死滅させるための施設だったようです。園内で結婚する場合、避妊手術をしなければなりませんでした。

 その間に1873(明治6)年、ノルウェーの医師ハンセンが、らい菌を発見し、ハンセン病は細菌による感染症だということがわかりました。ハンセン病は、感染力や発病力が非常に弱い病気で、1943(昭和)年、アメリカで「プロミン」という薬が発表され、完治する病気となりました。にもかかわらず、1953(昭和28)年にらい予防法が成立し、全生園の入所者は外に出ることも、社会に出て働くこともできないままでした。その らい予防法が廃止されたのが1996(平成8)年。
 ん~、難しいですね~。いったい監督は何を伝えたかったのでしょうか。しましまあ、よくぞ賛否両論が出ることを覚悟の上でこのシーンを描いたものです。例えば、「患者が全員包帯ぐるぐる巻きなのは不自然。余計に差別を助長する。」とか。でも、ハンセン病問題を広く社会に認知させたのはさすが大監督。
 国立療養所多磨全生園 ← 春は桜、秋には紅葉が美しいところです。その一角にあるのが、高松宮記念ハンセン病資料館 ← 宮崎監督も出資したそうです。開館時間が短いのがちょっと残念。予算が少なく、スタッフはみんなボランティアだそうです。一度足を運んでみてはいかが?

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